Research

1.タンパク質のX線結晶構造解析に関する新しい技術開発とその応用に関する研究

 

1) 連続フェムト秒結晶構造解析法による銅含有亜硝酸還元酵素の反応機構解明

Proc. Natl. Acad. Sci., 113(11) 2928–2933 (2016)
J. Biochem., 159(5) 527-538 (2016)

 わたしたちは良質なX線回折データを収集するため、放射光施設で実験をおこなうのですが、強力なシンクロトロンX線は結晶中で水和電子を発生させます。タンパク質の中には、金属を含んでいる金属タンパク質が数多く存在しますが、水和電子は金属タンパク質中の金属原子を迅速に還元してしまいます1。酸化状態と還元状態とで、金属中心の配位構造は異なるため、データ収集中に金属周りの構造が変化することは避けられません。したがって、これまでのシンクロトロン結晶構造解析(Synchrotron Crystallography: SRX)の結果を基に金属タンパク質の反応機構を議論することは難しかったのです。しかし近年、X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser: XFEL)を利用し、多数の微結晶へ連続的にビームを照射してデータを収集する連続フェムト秒結晶構造解析(Serial Femtosecond Crystallography: SFX)が登場しました2。XFELが生み出す超高輝度かつフェムト秒オーダーの極短パルスX線を用いれば、化学変化にともなう構造変化前の原子の位置情報が得られるのです。


図1:亜硝酸の配位様式

 わたしたちは、SFXの有用性を確かめるため、日本のXFEL施設であるSACLAで、銅含有亜硝酸還元酵素(CuNIR)をモデルタンパク質として実験をおこないました。CuNIRと基質である亜硝酸(NO2)との複合体について解析を進めると、活性中心の銅原子上に、おにぎり形の電子密度が存在することがわかりました(図1a)。最終的に1.6 Å分解能という、配位子の幾何構造を議論するのに十分な高分解能での構造が得られ、このSFX構造と、NO2複合体SRX構造(図1b)を比較すると、基質の配位構造に違いが見られました。SRX構造では準サイドオン型で配位していたNO2が、SFX構造では直立型をとっていたのです。過去に決定されていたNO2複合体SRX構造は全て、準サイドオン型の配位様式でした。このことからわたしたちは、銅中心の還元に続いて、NO2の配位様式が変化するのだと考えました(図1c)。この構造変化は、亜硝酸の還元反応を促進すると考えられます。また、NO2が銅に配位したときにCuNIR中の分子内電子移動が促進される現象3も説明できるのではないか、とわたしたちは考えています。

 このように、SFXを用いた新たな結晶構造解析は、これまでの結晶構造解析では決して明らかにできなかった生体内化学反応を可視化するための強力な道具となります。わたしたちは、時分割SFXを用いて「酵素反応をその場で観察する」というような次のステップへ向け、手法の開発を進めています。

(Reference)
1 Yano, J., Kern, J., Irrgang, K. D., Latimer, M. J., Bergmann, U., Glatzel, P., Pushkar, Y., Biesiadka, J., Loll, B., Sauer, K., Messinger, J., Zouni, A. and Yachandra, V. K. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 12047-12052 (2005).
2 Chapman, H. N., Fromme, P., Barty, A., White, T. A., Kirian, R. A., Aquila, A. et al. Nature 470, 73-77 (2011).
3 Leferink, N. G., Han, C., Antonyuk, S. V., Heyes, D. J., Rigby, S. E., Hough, M. A., Eady, R. R., Scrutton, N. S. and Hasnain, S. S. Biochemistry 50, 4121-4131 (2011).

pagetop